ハンデは3で~諦めたらそこで人生終了ですよ~

ハンデが何だ。諦めたら終わりだ

両利きに憧れた僕が、20年近く経ってようやく気付いた真実

 大学生の時に膝を怪我するまでスポーツマンだった僕ですが、指が短いため球技のパフォーマンスに限界を感じていました。その克服のために、₍今考えれば馬鹿な話ですが₎両利きを目指したことがあります。今も名残で左手の訓練を続けています。

はじめに 

 世の中には、利き手や利き足という概念が存在する。「文字を書く」「お箸を持つ」「ボールを投げる」などの動作を行う手を利き手、サッカーでボールを蹴る足を利き足、とイメージしてもらえば良いだろう。一般的に右利きの人口が圧倒的に多い中、アーティスティックなイメージも強い左利きは、羨望の眼差しを集める存在だ。「何とかして左手も上手く扱えたら」と思う人も少なからずいると思う。

 憧れるのは結構だが、生まれつき右利きの僕が20年弱に及んで両利きを目指した結果を示し、これから両利きを目指す人に警告を送りたい。両利きになることは、つらく険しい道のりなのだ。

どんなに頑張っても、両利きにはなれない

 結論から言うと、20年近く経っても僕は両利きにはなれてはいない。というより今は両利きを目指していない(左手自体は器用にはなったが)。なぜか。

両利きの定義

 僕が考える両利きの定義は「無意識にどちら側の手も使える状態」だ。「先天的な利き手と逆の手も、利き手と同等以上の運動能力を持つ」だと思っているなら、それは間違っている。では、そのような無意識状態とはどのような状態なのか?

 例えば、左手で箸を持ってお茶碗から白いご飯を食べることを想像してほしい。左手で箸を扱うこと自体はたいして難しくはない。しかし、利き手と同スピードでご飯を食べるのはとても難しい。ご飯をスムーズに食べるには、以下の動作をシームレスに実行する必要があるからだ。

   茶碗のどの辺からご飯を取るか判断する

   箸で取りやすいようにお茶碗の位置や向き、角度を調整する 

   箸でご飯を取り、口へ運ぶ

 左手の小手先が器用になったところで、が実行可能になるに過ぎない。お茶碗からご飯を取る作業をリードするのはの作業であり、重要なのはお茶碗を持つ右手となる。つまり右手と左手を有機的に組み合わせて動かせないと、いくら左手を鍛えたところで無意味なのである。野球でボールを投げる動作でも、グラブを持つ反対の手の使い方が重要であると良く目にする。

 動作の一部分で左手が器用に扱えるようになったとしても、全体動作として、利き手側と同等のレベルに達することは出来ない。その状態では、結局は「意識的に」左手を使っているに過ぎない。全体動作として利き手側と同等レベルに達して初めて、無意識に左手を選択可能な状態、すなわち「両利き」になったと胸を張って言えるだろう。

それでも僕が左手を鍛錬する目的

 無意識レベルで左右利き手の概念をなくすのが、究極状態の「両利き」だとすれば、少なくとも一般的な運動神経の人が、両利きを達成するのは生半可な努力では難しい。僕は両利きを現在達成していないし、達成する見込みもない。

 それでも僕が左手の鍛錬を続ける理由は、肉体レベル・脳みそレベルで左右のバランスを整えることで、限りなく「左右フラットな状態」を目指すためだ。目的は左手を鍛えることではなく、「左右のバランスをフラット」にすることである。

 ダルビッシュイチローのような一流野球選手が、練習中に左投げでキャッチボールをしていることがある。彼らは両投げを目指しているわけではない。体の左右バランスを整えるために練習に取り入れているという。

鍛錬方法

やっても無駄なこと 

 はじめにやらない方がよい練習をはっきり言おう。綺麗に文字を書く練習だ。メモを取れる程度になら日常生活での実利もあるだろうが、左手で綺麗に文字をかけるのは自己満足にしかならない。おすすめしない一番の理由は、文字そのものやノートの構造が右手用に出来ているからだ。

 右手に矯正されていない左利きの人が、ノートを取る姿を見たことがあるだろう。ノートや自分の身体を極端に傾けながら、窮屈そうに文字を書く姿を。左右逆の鏡文字を右から始まるノートに書くなら問題ないが、右手用に設計された筆記行為を左手で練習することは、はっきり言って無駄なストレスが発生するだけだ。

お勧め練習法・イメージ

 左手の鍛錬は、次の3要素に大分されると僕は考える。これら3要素は言わばフィジカルな基礎練であり、有機的な動作のための練習は後述することにする。

指先(手先)の器用さ向上

柔軟性向上

筋出力向上

 色々な人が実践しているだろうが、日常動作を左手で代替することは、左手の器用さを向上すると共に、右脳の活性化にもつながるのでお勧めだ。しかしこれは、あくまでの器用さ向上にしか寄与しない。左右バランスを最も阻害しているのは、実はである。苦しいかもしれないが、筋肉量や筋肉の可動域を利き腕に近づけない限り、無意識レベルの「両利き」にはなれない。何度も言うよ、残さず言うよ、筋トレとストレッチだ。これなくして、両利きなし。僕が両利きになれないのも、筋肉が足りないからだ。

 有機的な動作のための練習でお勧めなのは、「ゴミ箱に左手でゴミを投げ入れる」だ。オーバースロー、下手投げ、バスケのフリースローのようにetc。重要なのは小手先で投げずに、まずは大げさな動作で投げること。利き腕である右は、距離や物の重さによって効率化・最小化された所作を出来るが、左手でそれを真似て小さく動いても、小手先の動きにしかならない。大げさな動き力を効率よく伝えるための動きという流れで練習しよう。

まとめ

 両利きになるには、小手先だけ鍛えてもしょうがない。左右出力をフラットにすることで、無意識レベルの両利きを目指そう。そのためには、日常動作を左で行うことに加えて、筋トレ・ストレッチといった努力を欠かさないこと。体全体を使った動きの練習を取り入れること(例:ごみを投げる)。

 どうだろう。ストイックな体育会のようではないだろうか。これを読んでつらそうだと感じたら、僕のように体バランスの構築に主眼を置くと良いと思います。